令和の世に、一人の男がいる。 坂本竜馬である。 かつて幕末という時空を駆け抜け、維新回天の奇跡を成し遂げたこの土佐の浪人は、どういうわけか現代の電脳空間(デジタル)にその身を置き、迷える現代人たちの相談役を買って出ている。
竜馬という男は、不思議な愛嬌を持っていた。 北辰一刀流の目録を持つ剣の達人でありながら、生涯、人を斬ったことがない。 「剣は、己の胆力を練るための道具にすぎん」 と、彼はうそぶく。その合理精神(ラショナリズム)は、徹底していた。
彼が成し遂げた薩長同盟もまた、その精神の産物といっていい。 当時の薩摩と長州は、怨念の塊のように憎み合っていた。常人ならば、その仲裁に入ろうなどとは思いもしない。だが、竜馬は違った。 「感情など、犬にでも食わせてしまえ」 彼は両藩の間に、ビジネスという架橋を施したのである。薩摩には兵糧を、長州には武器を。相互の利益(メリット)を一致させることで、彼は昨日までの仇敵同士を握手させた。これは政治というより、商事(ビジネス)の感覚に近い。 竜馬にとって、思想や面子などはどうでもよかった。 日本を守る。 その巨大な目的の前には、あらゆる手段が正当化されると信じて疑わなかったのである。
その思考の原型は、勝海舟との出会いにあるかもしれない。 当初、竜馬はこの幕臣を斬るつもりであった。だが、勝は地球儀を回し、竜馬に世界を説いた。その瞬間、竜馬の中の狭量な攘夷思想は雲散霧消し、その場で弟子入りを決めている。 余談だが、竜馬という男は、自己の変節を恥じない。 「昨日の我(われ)は、今日の我にあらず」 より高い理(ことわり)に出会えば、彼は古い自分を躊躇なく捨て去ることができる。この軽やかさこそが、彼の最大の武器であったろう。
そんな竜馬にも、青春の痛みはある。 江戸の千葉道場には、さな子という娘がいた。彼女と共に道場を守る平穏な人生も、あるいは有り得たかもしれない。だが、彼はそれを選ばなかった。いや、選べなかったというべきか。 彼は、野良猫のような生命力を持つ女・お竜を選び、共に霧島の山を駆けた。 寺田屋で負った傷を癒やすための旅路であったが、彼らは高千穂の峰で天の逆鉾を引き抜き、哄笑したという。 日本初の新婚旅行といわれるこの行路こそ、死と隣り合わせの日常を生きた彼にとって、唯一の安息であったに違いない。
竜馬は、令和の現代人に向かってこう語りかける。 「脱藩せよ」と。 それは単に会社を辞めよという意味ではない。己を縛る古い常識や、退屈な日常から飛び出し、広い世界へ打って出よという、彼なりの檄(げき)なのである。
天衣無縫。 この男を表すのに、これほど相応しい言葉はない。


